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急がない列車通勤

私は列車通勤である。その前は自転車通勤だった。会社が大きくなってサンフランシスコに本部を移転したので、自宅のマウンテンビューから毎日通うことになって一年以上たった。駅までは自転車、その自転車を列車に積んで、サンフランシスコからオフィスまでまた自転車となる。車中は急行で四十二分、各駅停車で一時間と八分だ。毎日座れるし、自転車を積載する車両は席が縦一列なので、隣を気にせずに、仕事やら、読書やら、居眠りなど、勝手なことをしてられるので嫌いではない。

朝のマウンテンビュー駅 筆者撮影

なぜ唐突にこんな話をするのかと言えば、大越君が寺田寅彦の電車の混雑について 1という文を読んで面白かったと紹介していたからだ。満員電車に乗る気力体力を失った筆者が、混雑にも波があることに気付き、一分を争うようなこともないので空いた電車が来るまで気長に待つようになったという内容。皆が盲目的に今の電車に乗ろうと急ぐのをゆっくり見送ると、駅はからっぽ、次の電車に涼しい顔で座ってゆける という案配である。電車の遅れのシンプルな数理モデルを披露したり、駅で混み具合の統計をとったりと凝っていて確かに面白い。

実は私もこの筆者がいうことを月に何回かは実践している。通勤列車のカルトレインは本当によく遅れる。ラッシュアワーの最中に十分遅れることなんてざらで、列車が故障して一時間以上遅れたり、ダイヤが完全に変わるなんてこともめずらしくない。駅に自転車で乗り付けながら、プラットフォームに異常なひとだかりを見つけると、「また遅れか。やれやれ」、という具合である。そんなときは寺田寅彦が書くようにみな我先と次の到着列車に進んで寿司詰めになりにゆく。

たとえ列車が三十分遅れても、次の列車はせいぜい十分待てばまた来る。そして寺田の言うとおり、空いているのである。私は寿司詰めの代わりに外の空気を吸ってのんびり次のを待つ。そして次の列車にゆっくり座って、居眠りなり、読書なり、仕事に没頭するのだ。

ともあれ、列車が遅れないに越したことはない。朝のニュースで大きな遅れを知った場合には、会議などない限り、自宅でその日の仕事を済ますこともしばしば。また、会社も自宅も駅から徒歩三十分はかかるし、バスも不便なので、雨が続いた週などは車通勤の時間と費用が馬鹿ばかしくてまた自宅勤務。自宅に篭った方が仕事が捗るという評判も出来上がったので周りから抵抗もない。こんなことが出来る職種と会社にいられるのは幸運なことだ。

Original post: April 11, 2014 | Last updated: Aug. 18, 2014

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